小林輝之の社長室〈長田(おさだ)工業所代表ブログ〉

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「自分らしく個性を出そう」とすることが自分を自分らしくなくしている。

   


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継続王に、おれはなる!0352

「個性的で魅力的な人間になりたい」

誰もが思うことかもしれません。
でも「本当の自分」を見つけるということはどういうことなのか。
その答えはもう出ているようです。
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「個性」は「自分勝手」ではない

「個性的になれ」ということは「自分らしくなれ」なんだろうなあ。
でも「自分らしくなれ」ということは「自分の好きなことだけをして生きること」なのでしょうか?

今は亡き池田晶子氏による、多感な中学生へ人生における哲学的な問いかけを本にした「14歳の君へ―どう考えどう生きるか」より。

たとえば、私は掃除が嫌いだから、皆が掃除をしていても私は掃除をしない。だって、自分らしくないから。
あるいは、掃除をしないのは、もっと自分の好きな、自分らしい仕事があるはずだから。
そういう姿勢のことを「自分らしい」というのなら、それは「自分勝手」と完全に同じだね。
(中略)「自分らしく」なんて言いながら、自分が何を言っているのか理解していないからだ。

「個性」や「自分らしい」は「自分勝手」とは違うようです。

 

「本当の自分」がどこかにある?

では「本当に自分が好きなこと」「自分らしい本当の自分」はどこかに探しにいくと見つかるのでしょうか?

たとえば君は、何かのゲームが好きで、今は夢中になっている。
だけどやがてそれにも飽きて、何か別の面白いことはないかなと、必ず探し始めるだろう。
(中略)でも、本当に好きなものが、きっとどこかにあるに違いないと探し続けて、結局何が好きだったのかわからずに終わる人生というのは、何だか空しい人生じゃないかな。
たくさんの若者や大人が落ち込んでいる「自分探し」というのは、こういう不毛なものなんだ。

また一方で、他人に認められてはじめて「自分らしい自分」になれるのでしょうか?

他人から思われる自分が自分なのだと思っている人は、やっぱり空しくなるはずだ。
人に嫌われたくなくて、自分のいいところばかり見せようとしてしまう君だって、時々ひどく疲れちゃうだろ。
演技している自分に疲れてきっとこう感じるはずだ。「こんなの本当の私じゃない」

「自分らしく」あろうとして自分探しをしてもいつまでたっても見つからないのは、「本当の自分」というものは最初からないのでは?

 

「本当の自分」とは、いま、ここにあること

「本当の自分」や「個性」は、もうすでに自分の中にあることで、どうしようもないことのようです。

たとえば、絵を描くことが好きな君は、どうしてもそうとしか描けない自分の描き方があることに気が付かないか。
先生や友人に何と言われようと、自分は、こう描きたい、こうとしか描けない。それが君の個性だ。

あるいは(中略)変だと言われても、自分にはどうしてもこうとしか感じられない。こうとしか振る舞えない。だとしたら、それが君の個性だ。

「個性」は自分の好き嫌いとは違い、何もしなくてもそうなってしまうものだそうです。
好き嫌いは選べるけど、自分の個性はもうすでにそこに備わってしまっているものなので、選べないのです。

「個性」とは、他人がその一部だけを切り取って「個性的な人だ」とかいうだけのものであり、自ら探しにいったり、求めたりするものではありません。

「自分らしく」を求めることが、自分を自分らしくなくしている。

「38歳のぼく」が「14歳の君へ」を読んで、やっとこさ、なんとなく気づけたような気がしました。

 

大人が読んでも、一旦立ち止まって頭を整理できる本。

 


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@terukobayashi 小林輝之 ●溶接士免許から調理師免許まで幅広い経験をもつ福井県坂井市春江町の㈱長田(おさだ)工業所代表。 ●金属加工のワクワクを一般の方にも知ってもらいたいため、溶接キャラのLINEスタンプを作ったり、溶接工場をテーマパークにするプロジェクトを進めていたり、インテリアブランド立ち上げにとりかかっていたりしています。 Apple/読書/出版/経営/モノづくり/Amazon/ラーメンetc...

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